2017年09月24日

無言実行

大切な人に会ってきた。
夢現の中で一瞬目覚め、
私の顔を見てさぞ嬉しかったのだろう、泣きながら名を口ずさんだ。
二時間ほどの間、現実に戻る時間はほんの数分で、
あとはほとんど夢を見ながら、目を閉じたまま時たま手を動かしていた。
体調の良い時は、目を覚まし、煎じた食事を摂りながら、
いつも「有難い」と言っている、という素敵な笑顔をタブレットで見せてもらった。
いろいろなことがたくさんあった人生だった。
芯が強く、一瞬一瞬を、真摯に、真面目に、全力で生きてきた人だった。
その後姿をいつも見ながら、大事なことをたくさん学ばせてもらった。
「我もまた紅なりとひそやかに」
という高浜虚子が謳った吾亦紅が好きだということを、
十年ほど前に初めて私に語った。
華々しい花より、自然の野草をとても愛していた。
会う度に覚悟はしてきたが、あと何度こんな時間がもてるだろうか。
今思えば、自分の人生観のほとんどはその後姿から学んだものである。
教育とは、言葉ではなく、無言の後姿がすべてである。
何を語るかではなく、誰が語るか。
それがすべてであることを、今日も強く教えられて、
「無言実行」
の偉大さを改めて心に深く刻みながら帰路についた。
恩返しは出来なかったが、恩送りが出来る様、
明日からまた一生懸命生きていこうと思う。
そんな生き方を最も喜んでくれる、と確信している。











posted by kurihara at 00:29| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする