2016年05月28日

大人を目指す

考えるには、集中力が必要だ。
しかし、集中してはいけない。
一点に集中して、異なった視点がもてなければ新たな道はみえてこない。
この歳になりよく感じることは、人生はことごとく矛盾に満ちているということだ。
若い頃、そうした矛盾を理解できなかった。
善は善、悪は悪、と決めつけなければ気が済まなかった。
自分の意見を、0は0、1は1と、はっきりと言った。
そして、白黒をはっきりと言わない人を理解できず、あまり好きになれなかった。
本当に愚かな人間だった。
今でも白黒をはっきりする性分は直らないが、自分が白で、人が黒でも嫌うことはない。
少しは黒の人の気持ちがわかる人間になれたのかもしれない。
「矛盾こそ人生なのだ!」
と10年ほど前に発言をした覚えがある。
しかし、当時は頭でわかっていただけで、心からわかっていなかった様に感じる。
今は心でもそう思えるようになってきたように感じる。
ようやく大人になれたのかもしれない。
変な大人にはなりたくはないが、
字の如く、子供ではなく大きな人=大人にはなりたいと思う。
いい歳をしてこんなことをブログに書いているのだから、読む人はさぞ呆れるだろう。
しかし、それが本当の自分だから仕方ない。正直に書くしかない。
そしてこれからも大人を目指すしかない。






posted by kurihara at 23:33| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月21日

休めることも休めないことも幸せ

五月の連休も休まず働き、明日は久々にみんな休める。
どんなに嬉しい一日になるだろう。
どんなに幸せな一日になるだろう。
休みが当たり前にあると、休みの有難さは薄れる。
休みが滅多にないと休みの有難さが身に沁みる。
不思議なことだ。というか、それが自然の理なのだ。
「有ることが難しい」ということを、「有難い」と書く。
人間は実に矛盾に満ちた生き物である。
求めるものやことが日常になると、有難さは失われる。
それがなかなか得られないものやことなら、それを得られたら有難いと思う。
天は、神は、実に巧みにこの世を創っている。
思い通りにならないことは、実は幸せを得られる道なのだ。
自分の身近な人が、心から笑顔で自分を迎えてくれたり、
あるいは、自分を温かく包んでくれたり、黙って自分の言うことに頷いてくれたり。
それらのすべてがとても有難く幸せなことなのだ。
苦楽とはよく言ってものだ。苦がなけれな、楽はない。
明日はみんな、休みの有難さをしみじみと感じられる有難い日となる。
たった一日の休日だが、その一時一時を貴重に休むことができる。
自分たちがいきたいところがあり、
休日も返上で頑張れる我々は、本当に幸せな人生を歩んでいるのだ。




posted by kurihara at 23:56| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

愚かだから夢がある

イノベーションと戦略との関係がとてもよくわかってきた。
優れた戦略がなければイノベーションは困難である。
革新的な技術があってもイノベーションは起こせない。
何時の時代も既得権益をもった人たちが、必ずそれを拒もうとする。
そこを突破するには優れた戦略が不可欠となる。
そのことが漸くこの歳をして分かってきた。
遅すぎるのだろうが、自分はまだやれると考えている。
愚かだからそう考えられるのだろう。
自分がそんな愚かな人間であることを有難いことと思っている。
一生夢をもって、理想を追いかけることができるのだから、愚かであることに感謝したい。
しかし、自分と一緒に歩んでいる人には本当に申し訳ない。
この歳をしてまだ夢を真剣に追いかけているのだから、現実は厳しい日が続くことになる。
運命と思って諦めているのかも知れないが、心から深く感謝している。
でも、確実に毎日ほんの数センチだが、前に進んでいる。
そして、今日も笑顔で仕事をしていた。
なんと素晴らしい人たちだろうか。
有難い限りである。







posted by kurihara at 22:26| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする