2017年05月23日

自己否定

朝の10分と夕方の10分は同じ長さだが大きな違いがある。
何故か?
1日の始まりと終わり。その違いである。
それは、赤ん坊の1年と大人の1年の違いかも知れない。
「早起きは三文の得」
という諺があるが、まさにそれかも知れない。
しかし、あくまでも同じ長さの10分である。
ならば、常に赤ん坊の10分を生きた方が充実した人生となるはず。
その違いはいったい何処に生まれるのであろうか?
可能性の違い?、未知の時間の違い?
ならばいつまでも可能性を追求する生き方。
未知を追求する生き方。
それさえあれば、常に赤ん坊の10分を生き続けることができるのでは?・・・。
正にそれが「青春」という言葉の中身かも。
いくつになっても、そうした心意気をもって過ごすことができれば、
毎日が「青春」なのだ。
そこには無限の可能性が秘められている。
なんと素晴らしいことだろうか?
これからもずっとそんな毎日を過ごしていきたい。
そのためには?・・・。
恐らく常に自己否定できる自分がいるか否か?
その問いに、今日も「Yes!」と言える自分がいるか否かがバロメータだ。





posted by kurihara at 00:33| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

初々しい

「初々しい」といことの大切さを感じている。
歳をとって「嫌だなぁー」と思うことは、初々しさの喪失だろうか。
自分はこれでいい、と思った時点で「初々しい」ということはなくなる。
「これでいいのだろうか?」
「もっとこうなりたい」
「こうならなければいけないのでは?」
というような気持ちがなくなった時、
即ち「成長」ということを考えなくなった時、「初々しさ」は消えていく。
心や思考の柔軟さも、身体の柔軟性と同じ様に堅くなっていく。
そんな年寄りには絶対なりたくない、と思っているが・・・。
気を付けないと、自分も確実にそんな年寄りになっているのでは?
そして、既に私を捕まえて、
「おまえ、そんな考えではもうダメだな!」
と言葉に出して言ってくれる人はそうはいない。
己自身が気をつけない限り、確実に「初々しさ」は失われている。
どんなに年齢を重ねようが、いつまでも素直で初々しくありたい。
posted by kurihara at 22:31| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

エネルギー満タン

会いたい人に会ってきた。
話しながら胸が熱くなり、涙を堪え切れなかった。
別れは、お互い「身体に気をつけて!」と笑顔で別れた。
後何度こうした時間を過ごすことができるだろうか。
また会える日まで全力で毎日を生き切ろう、
と決意を新たに東京に戻った。
こんな有難い休みを過ごせることに心から感謝している。
やりたいこと、やらなければならないことが沢山ある。
連休が明けたら早速取り掛かる。
何事も、「無理だ」と思えばそうなる。
しかし、「やれる」と思えばやれる。
精神論ではどうにもならないのではなく、
物事を成すには、まずは精神がなによりも優先する。
私はそう考えている。
この歳になれば、「もう終り」と考えるのが普通だろうが、
何故か私はそうは思わない。
「まだこれからだ!」と思えばすべてはそうなる。
そして、たとえそうならずに自分の人生が終わっても、
その後姿を見ている人がいる。
その人たちがいずれ私が考えた未来を現実のものにするだろう。
やるべきことは、自分が信じた道を最後の一瞬まで突き進むことだ。
そう強く思いながら、その人の住む街を後にしてきた。
お蔭で今私の身体は、新たなエネルギーで満ち溢れている。
有難い限りである。













posted by kurihara at 22:04| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする