2017年10月31日

階段を上る極意

10月が今日で終わる。
今月も目標に向けてみんなで頑張った。
一つ一つ丁寧に目指すべきありたい姿に向けて階段を上る。
長い階段を上るには要領がある。
目指すべき頂上は明確に分かっていなければならないが、
その頂上を見て階段を上ってはいけない。
見るところは足元の一段のみ。
一段上ったら、また次の一段のみ見て上る。
これを繰り返す。
この方法は学生時代に1500m自由形で優勝した時に確信できた。
25mプールの場合、まずは25mを泳ぐことだけ考えて泳ぐ。
ターンしたら次の25mを泳ぐことだけ考えて泳ぐ。
こうすると疲れはまったく違う。
何回ターンしたかも考えない。
後何回ターンすればよいかの引き算もやらない。
ただひたすら25mのみ泳ぐことだけを考えて泳ぐ。
これは人生の極意であると私は思っている。
この方法を知っているだけで様々な場面で大いに役立つ。
明日のことは一切考えず、今日一日を精一杯生き切ること。
辛い時は尚更そうするのがいい。
そして、今日一日が無事過ごせたことに心から感謝する。
そうしているうちに、やがて頂上は必ず近付いてくる。
何故か分らないが、この方法が優れた方法であることを、
割と若い頃に知った自分は運がいい。
感謝あるのみである。











posted by kurihara at 22:29| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

今年も余すところ2ヵ月強となった。
一年が過ぎるのが本当に早い。
また、最近の日本の天候は、夏が過ぎると一気に冬になり秋がとても短い。
冬が過ぎると一気に暑くなり春が短い。
春秋の間が無くなり、一気に夏か、冬か、両極端に感じるのは自分だけだろうか。
ところで、「間」がなくなると、所謂「間抜け」ということになる。
さすれば、「間」はとても大切な自然の恵みであり、その欠如はとても大きな問題である。
デジタルは、間がないのが最大の長所であり、同時に最大の欠点であり、限界である。
と私は自然の教えから常々感じてきた。
今、人工知能(AI)と人間について多くの議論がなされているが、
私の答えは昔から極めてシンプルである。
そもそも、人間という字は、「人」に「間」がついて「人間」となる。
即ち、この「間」こそが「人」を「人間」たらしめているのである。
「人」は生まれながらにして「人」である。
我が家にはイヌもネコもいるが、彼や彼女は生まれながらにしてイヌでありネコである。
では彼らと彼女らとの違いは何か?
それは「間」の深遠さであろう。それ以外はむしろイヌやネコの方が上位かもしれない。
例えば、純粋さや正直さや、愚直な愛などは、彼や彼女に敵わないかもしれない。
そこで、この「間」とは何ものであるか、それを追求しなければAIは所詮AIである。
議論するにも値しない。
そのようなレベルのことは、人類の歴史で様々に行われてきた。
それがより高度になってきたことは認めるが、根本的な違いは差ほどない。
「間」に対する研究をもっと進めない限り、AIはたいしたことはない。
と私は考えている。
そうした視点から、我々が開発しているシステムも、まだまだ、まだまだ、まだまだである。
これからやらなければならないことは山ほどある。
決して見えない頂上を目指し、謙虚な姿勢でこれからも一歩一歩登っていきたい。














posted by kurihara at 22:35| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

「クローズアップ現代」明日(19日)放送決定

クローズアップ現代がいよいよ明日の放送が決まった。
どのように取り上げられるか楽しみだが、反響は大きいと予測する。
これを契機に大きな変革が起こることだろう。
業界内には様々な波紋が起きるだろうが、最終的には健全な方向に向かうのは間違いない。
官と違って民間は競争があるので、顧客が望む方向に向かうことになる。
さもなければいずれ敗者の道を歩まなければならない。
問題はそのスピードだが、それが今回のクローズアップ現代によって確実に加速される。
前近代的な如何なる事象の歴史も、こうして現代までつくられてきたのだ。
我々も顧客の望む未来に向けて大いにがんばろうと思う。




posted by kurihara at 19:46| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする