2018年09月25日

人間万事塞翁が馬

「人間万事塞翁が馬」
この言葉は実感するしかない。
そして、私の人生においてはしばしばそう感じたことがあった。
有難いことは、そう思えることでどんな時も希望をもって生きてこれた。
何か大変なことが起こっても、またきっと何か良いことがある。
何の根拠もなく信じて生きてこれた。
だからいつも明日を信じて、明るく元気に過ごすことができた。
困ったことや心配ごとがあっても、しっかりと寝ることができた。
睡眠をとることができなければ、今ごろ重い病に掛かっていたかもしれない。
こうして健康でいられることは何よりも有難い。
なぜ、単純にそう信じられる自分がいるのか?
その答えは分らない。
そうした性分に生まれついたことをただ感謝するしかない。
そして今、未来をこうしていきたいと熱く思える自分がいることを、
心から有難いと思っている。
明日は母の一周忌。
墓前に会いにいけないが、母の好きな花を飾ることにする。
いつも、どんなことがあっても、明るく元気に生きた母の姿を胸に、
自分もしっかりと生きていこうと思う。




posted by kurihara at 23:30| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月19日

それぞれの一歩を踏み出す

人にはそれぞれの道がある。
その道はどれもが平坦ではない。
また、優劣をつけられるものでもない。
どの道も貴く、どの道も唯一の道である。
その道をひたすら一生懸命に歩むこと。
それが自分にできる最大限のことである。
そして、その結末は、残念ながら神のみぞ知る世界で、
自分で思う様になるものではない。
道中やれることは、これがベストと考えられることを、
一歩一歩全力でやっていく以外にない。
そして、一歩進めば新しい風景が見えてくる。
考えているばかりでは決して新しい風景は見えてこない。
まずは最初の一歩を踏み出すこと。
それが何よりも重要なことである。
歳をとると新しい一歩を踏み出すことが難しくなる、と言われるが、
逆に新しい一歩を踏み出すチャンスは時間的にますます無くなるのだから、
歳をとったら大いにそのチャンスを活かさなければならない。
今、私は新たな挑戦をしようと考えているのだが、
正にそうした考えで、わくわく感をもちながら大いに挑戦していきたい。
そして、来年の今ごろはその一歩が目指す姿が現実になっている。
そんな明日をみんなでつくっていきたい。







posted by kurihara at 23:32| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月11日

夢想家と理想家

「〜たい」という思いをどれだけ強くもてるか?
未来をつくる上でこれこそが最も大切な要件かもしれない。
ある方が言っていたが、夢想家と理想家の違いがそこにある。
夢想家は、「そうならいいな」、「そうなればいいな」程度の「〜たい」を語る人。
理想家は、「何としてもそうする」、「そうなりたい」と必死に努力し実行する人。
そして純粋にその成りたい理想像にむけて全力で立ち向かう。
大人になるとそれがなかなか難しくなる。
現実という言葉の前に自分自身を誤魔化して、または納得させて、
時には、「そんな子供染みたことをいつまで言っているのか」
などと分別ある大人の顔をして、夢や未来の可能性に目をつぶる。
そんな大人に決してなりたくない。
どんな時も自分の理想像をしっかりもち、決して現実に押し潰されることなく、
未来のありたい姿に向け全力投球する。
そんな人でいたい。
また、そんな仲間と一緒に仕事をしていきたい。
幸い私は恵まれているので、そんな仲間と一緒に仕事に携われる。
それがどんなに有難く、どんなに素晴らしいことか心から感謝している。
そして、想えば何れことは成る、と信じている。
この歳をしても尚そう信じられ己の人生はとても恵まれたものである。
そんなことを強く感じた一週間だった。
ありがとうございます!




posted by kurihara at 22:05| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする