2019年01月23日

非まじめが新し未来を創る

新規事業を進めている中で嬉しいことがあった。
自分がどんな考え方で仕事をしてきたかまたしているか。
それを素直にあるがままにブログに書いている訳だが、
それを読まれて我々の会社がやりたいことをご評価頂き、
我々に期待してくださっている方がいる。
それをスタッフから報告を受け、素直に嬉しく思った。
ブログは正直にその時思ったことや考えていることをあるがままに記してきた。
それ以上でもないし、それ以下でもない。正に等身大の自分を表現してきた。
その等身大の自分たちのことを評価頂けることは有難い限りである。
本物と偽物という言葉があるが、その判断は結果でしかない。
プロセスは所詮プロセスでどのような表現もできる。
そうした意味では結果がすべて、という言葉には一理ある。
また、そこに計り知れない面白さがあるのが人生だ。
もちろん結果がでれば誰もが納得する。
その結果はでるかでないか?
そんなことは何も考えず、己の信念に従い孤高にやり抜く。
いや孤高なんていうのではなく、ただやらずにはいられない。
そんな人生を歩ませて頂ける自分は何と幸せなことであろうか。
ただ考えなければならないこともある。
人と人の信頼関係でことが進む内はいいが、
それが会社対会社となるとことはそう簡単ではない。
正に3次元の考え方が必要になる。
道路も2次元で交われば交差せざるをえないが、
3次元の立体にすれば交差することなくお互いが通行可能になる。
その立体を生み出すためには非まじめな考え方が欠かせない。
不真面目では話にならないが真面目なだけではことは行き詰る。
従来とは異なる視点や角度からものを考えられる力量が不可欠だ。
自分にその力があるか否か分からないが全力で取り組みたい。

posted by kurihara at 22:09| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

一年の計

三が日をたいへん穏やかに過ごさせて頂いた。
東京は天気も良く、空が澄み、一年で一番空気がきれいな時だ。
こんなに幸せでいいのだろうか、
何か罰が当たるのでは、と不安に思うほどである。
やはり私は元来が貧乏性なのだろう。
頂いた年賀状に懐かしい方々の顔を想い浮かべ幸せに読ませて頂いた。
こうした正月の平穏な時間を過ごすことができ心から感謝している。
今日があることの有難さをしみじみと思いながら昨日一年の計を立てた。
恩師に教えて頂いた方法で一つ一つステップを踏みながら丁寧に仕上げた。
一つ一つステップを踏むことで、心の奥底にある真の自分と話をしながら、
まとめを何度も読み返す。そのたびに自分と正直に向き合い、
今年はこの計で悔いはない、と素直に思えた時が完成である。
もう何十年もこうして一年の計を立て、それを道標に歩んできた。
立てた計画が一年ですべてが思い通りなったことはないが、
その計画は時間の経過と共に必ず達成してきた。
だから今日がある。それが何よりの証である。
そして、私はこの一年の計に基づき何度か大きく舵をきった年がある。
舵を切ることは非常にリスクが高く、もしその通りに行かなければ、
我々のような小さな会社はすでに今存続していない。
もちろん、社員に恵まれたことが会社存続の何よりの理由で有難い限りで、
その恵まれた社員達との物語は、途轍もなく素晴らしいものである。
今は話せないが、ほとんどあり得ないもの凄く有難い物語である。
今の新規事業が多くの方々に役立ち、
我々も胸を張って心から喜ぶことができた時、ぜひその物語を語りたい。
その日を一日も早く実現するためにも、今年も精一杯がんばりたい。















posted by kurihara at 22:01| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする