2019年03月30日

最終目標

東京は桜が八分まで咲き、街は華やな趣が感じられる。
三月末はそれぞれ大きな区切りで、新たな門出や別れで街は賑やかさを増す。
一人一人の心の中は、一人一人すべて違うが、それを知るか知らないか、
桜はこの時期に毎年同じ様に美しい花を咲かせる。
思えば今まで桜が咲いていることすら気付かず過ごしてきた年もあった。
花を愛でる余裕もなく、ひたすら夢中で過ごし、気が付いたら季節は既に秋になっていた。
だから今、桜が美しいと感じられるだけで、それがどれほど有難く幸せなことか。
この歳になってその貴さをしみじみと感じられるようになった。
まだまだやりたいことや、やらなければならないことがたくさんあるが、
齢を重ねると、毎年咲く桜がどれほど当たり前ではなく、有ることが難しい有難いことか、
それを感じられるようになった。
若い頃はまったく思わなったことで、この年だからこその感覚かもしれない。
年齢の上の方が、よく「その歳になればわかるよ」と言っていた言葉を思い出す。
まさにその通りで、やはりその歳にならなければ分らないことがある。
こんなことを書くととても年寄り染みたことのように聞こえるが、
その歳になればを、その立場になれば、と置き換えてもまったく同じだ。
だが、その歳にならなくとも、その立場にならなくとも、
相手のことを深く理解し、感情移入でき、同じ立場で泣いて笑える、
そんな人間になれたらいい。
この世を去るまで、そうなれるようにこれからも精進していきたい。








posted by kurihara at 01:01| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

設立記念日に思うこと

満34才の設立記念日を迎えた。
思えばいろいろなことがあったが、お蔭様でここまで来ることができた。
いいお客様に恵まれたこと。いい社員に恵まれたこと。いい家族と友達に恵まれたこと。
健康に過ごせたこと。運が良かったこと。様々な有難いことに心から感謝している。
そして、今もまた新しい未来が開けつつある。
たいへんなことも、たいへんな時も、もちろんあった。
そんな時はいつも、真正面から、正直に、ありのままの姿で、力の限りを尽くしてきた。
解決策はとても見えないことにも、誠実に人としてやるべきことはやってきた。
できるなら避けたいことも避けたい時もあったが背を向けずに立ち向かってきた。
結果、気が付けば問題は解決されていた。なんと有難いことだったか。
その度に、「真正面から立ち向かえば必ず救ってもらえる」という不思議な感覚が生まれた。
その感覚は、会社をつくる前のある貴重な経験から学んだものだった。
それは「あの時と比べれば何とかなる」というまったく根拠のない妙な感覚でもある。
何を基準に己の心を整えるか。それを若い頃に経験させてもらったことは有難い。
何かたいへんことや、辛いことや、思う様にいかないことがあった時も、
「あの時のこと」を基準に見直せば、心が落ち着き有難いこととさえ思えた。
辛い経験や苦しい経験は、その大きさの分だけ財産になる。
ただ自分が生きている間にそれを財産と感じられるか否かは運命かもしれない。
しかし、いづれ後生の身近な誰かが財産と感じる日は必ず訪れると信じている。
有難いことに一年後の35才の今日は、社員みんなでもっとお祝できる日になるはずだ。
これからも一日一日、一時一時を、誠実に、大切に歩んでいきたい。











posted by kurihara at 00:14| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月07日

「有難う」

世の中には辛いことや苦しいことがたくさんある。
当事者にとってそれらの比較は何の意味もないが、その比較によって辛い時に救われることもある。
「ああ、自分よりももっとたいへんな人がいる」
ということを知れば、それまでどん底と思っていた自分が救われる思いがして、
「がんばろう!」と思えるのも事実である。
私自身も、「たいへんだなぁー」とつくづく思い、「楽になりたい」と思った時があった。
そんな時、自分よりもたいへんな方がいることの存在は不謹慎ながら大きな励みになった。
「こんなことで負けてはいられない。もっともっとたいへんな人ががんばっているのだから・・・」
それがどれほど大きな支えになったことか。
己自身の人生においてその辛い経験がどれほど大きな力を与えてくれたことか。
その経験のお蔭でどれほど大きな困難を乗り越えることができたか。
「有難い」とは、「有ることが難しい」と書く。
本当にその通りで、「有難う」という言葉を一日何度も口にするようになった。
ただ、家族に向かっては、なかなか「有難う」と素直に言えないのはやはり古い人間なのだろう。
「有難う」と言われて腹が立つ人はいないのだらか、たとえ家族でも素直に「有難う」と言わなければならない。
明日からは、家族に向かっても、「有難う」という言葉をたくさん言えるようにしたい。








posted by kurihara at 23:04| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする