2019年04月23日

最高の幸せの一つ

「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」
フランスのモラリスト、アランの言葉だそうである。
この言葉を何度か口ずさみながら、どういう意味か考えてみた。
確かに、物事を悲観的に捉える本質は気分の領域で行われ、
楽観的に捉えようとするのは己の意志にあると感じる。

35歳で余命2年と癌で宣告を受けた女性が、
「小さなことにこだわらないで、人生をもっと楽しんで!」
(Don't take the small stuff so seriously and live a little.)
という言葉の通り2年間を思いっきり生き切り、この世を去っていった。

楽観的に解釈するか否かはやはり意志である。
思いっきりその意志をもち、今日を精一杯生き切ること。
またそれができる幸せは決して当り前ではなく途轍もなく有難いこと。
それを毎日心して生きていく。
でも決してシリアスにならずに、ユーモアをもって、縁ある方々と一緒に過ごす。
それはおそらく最高の幸せの一つなのだ。









posted by kurihara at 23:00| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

他力本願

元号が変わり、昭和、平成、令和と三世代を生きることになる。
そして令和になった今年、我々の新しい事業も今大きな変革を遂げようとしている。
これも何かの縁であろう。
きっと後世には、令和に大きく変わったのだ、と語られることになるだろう。
イノベーションとか変革とかは、自分たちが望んでそうなるものではどうもなさそうだ。
時代の大きな流れがあり、そのタイミングと合致した時、正にそれは可能となる。
変革者たちが異口同音に、「運が良かった」という言い方をするがその通りかも知れない。
時代の大きな流れをある程度読むことはできるが、それはいずれそうなるという程度のことで、
自分が生きている間に必ずそうなる、と言いきれるほどに簡単なことでは決してない。
それでも、どうしてもそうしたいとか、そうなりたいという「・・・たい」がなければ、
絶対にそうならないのも確かだ。「たい」が必要条件であることは間違いない。
自分たちがその「たい」を強烈にもっていることは必須である。
そして、目的は変える必要はないが、その目標や手段は時代と共に変える必要がありそうだ。
我々の場合は、変えざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。
もし変えていなければ、恐らく我々の会社は今存在していないだろう。
大きく言えば、人類も自然の環境に適応できなければ滅びるしかない。
それが自然の掟だ。
こう書くと何だか主体性がないように聞こえるが、
人は生まれた時からそもそも自分の意思で生を授かったのではない。
「他力本願」というが、そうした考え方のことと私は理解している。
今与えられていることや、与えられたことを、そのままに受け入れて、
その上で自分の生き方を自らの意思で決めていく生き方。
我々も、いろいろな方々にお世話になり、いろいろな経験を通して、
漸く今の事業に辿りついた。
無理がなく、自然の道理に適った事業なのだと考えている。
令和を迎え、そんな事業に縁を頂いたことを深く感謝している。














posted by kurihara at 00:14| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする