2017年08月24日

財産家

物事の判断基準をどこにおくか?
良し悪しの判断や優劣の判断、心配や不安、はては幸不幸に至るまで、
絶対的なものがない以上、その人の判断基準によって結論はすべて異なる。
上を見れば限がないが、下もまた限がない。
自分の拙い経験からすれば、下の経験をすればするほど人は幸せを感じることができ、
小さなことにも感謝でき、結果幸せな人生を歩めるのではないかと思う。
しかし、難しいのはエゴであり欲である。
エゴと欲は人間が生きていくために非常に重要なものである。
従って、自分の原点を日々見詰め直す習慣がとても重要だ。
今日一日が無事生きられれば、明日が生きられれば、明後日が生きられれば・・・。
凡人である自分の欲には限りがない。
そこで一日が終わり床に就く前に、
「無事今日一日が生きられてありがとうございました!」
と今日の一つ一つの出来事に感謝し眠りに就く習慣は大切である。
また、そうすることでどんなに大変なことがあっても、
素早く眠りに就くことができる。
たとえ不安になることがあっても、
人生にはもっと大変なことがあることを思い出せば、
有難い限りと自然と思え、安らかな眠りに就くことができる。
私は、結構大変なことがあっても、
割と早く眠りに就くことできるのはそうした訳であろうか。
してみると人生はマイナスもプラスもすべて貴重な財産と言える。
そう考えると私は結構な財産家かもしれない・・・。














posted by kurihara at 23:18| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする