2017年10月24日

今年も余すところ2ヵ月強となった。
一年が過ぎるのが本当に早い。
また、最近の日本の天候は、夏が過ぎると一気に冬になり秋がとても短い。
冬が過ぎると一気に暑くなり春が短い。
春秋の間が無くなり、一気に夏か、冬か、両極端に感じるのは自分だけだろうか。
ところで、「間」がなくなると、所謂「間抜け」ということになる。
さすれば、「間」はとても大切な自然の恵みであり、その欠如はとても大きな問題である。
デジタルは、間がないのが最大の長所であり、同時に最大の欠点であり、限界である。
と私は自然の教えから常々感じてきた。
今、人工知能(AI)と人間について多くの議論がなされているが、
私の答えは昔から極めてシンプルである。
そもそも、人間という字は、「人」に「間」がついて「人間」となる。
即ち、この「間」こそが「人」を「人間」たらしめているのである。
「人」は生まれながらにして「人」である。
我が家にはイヌもネコもいるが、彼や彼女は生まれながらにしてイヌでありネコである。
では彼らと彼女らとの違いは何か?
それは「間」の深遠さであろう。それ以外はむしろイヌやネコの方が上位かもしれない。
例えば、純粋さや正直さや、愚直な愛などは、彼や彼女に敵わないかもしれない。
そこで、この「間」とは何ものであるか、それを追求しなければAIは所詮AIである。
議論するにも値しない。
そのようなレベルのことは、人類の歴史で様々に行われてきた。
それがより高度になってきたことは認めるが、根本的な違いは差ほどない。
「間」に対する研究をもっと進めない限り、AIはたいしたことはない。
と私は考えている。
そうした視点から、我々が開発しているシステムも、まだまだ、まだまだ、まだまだである。
これからやらなければならないことは山ほどある。
決して見えない頂上を目指し、謙虚な姿勢でこれからも一歩一歩登っていきたい。














posted by kurihara at 22:35| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする