2017年11月13日

日々是好日

「日々是好日」
日々の一喜一憂にとらわれず、
その日その日をひたすらに”生きる”ことができればそれがいい一日という意味である。
人はとことん行きつけば、たいていは「日々是好日」を悟る。
しかし、凡人にとって余裕がある間はその境地は難しい。
ならばどうするか? 余裕を無くせばよい。
尊敬する先生が与贈ということを説いている。
余裕があるものは与贈せよ、ということである。
そうすれば「日々是好日」の人生が送れる。
正に釈迦尊の教えの通りである。
しかし、凡人にとって煩悩との闘いは常にある。
悩ましい限りである。
ところで、「日々是好日」を経営的に捉えるとどうなるのだろうか?
過ぎたことに捉われずに、明日からのことを思い患うことなく、
目の前のことを全力で考え一番ベストと思われることを全力で実践する。
正解はない。
正解になるように全力で動く。
そして、もし正解に行きつかなかったら直ぐに改めて素直に方向を変える。
そんな生き方になるのだろうか。
いたずらに未来を思い悩んでいてはダメである。
ましてや過ぎ去ったことを悔やむことがあってはならない。
今、この一瞬を全力で走ることだ。それ以外人間にできることはないのだ。
「無常」ということはそうしたことである。
釈迦尊の教えを経営で考える意義は大きいかも知れない。






















posted by kurihara at 22:23| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする