2018年02月22日

解釈力を磨く

人生の中で空白の時間帯がいくつかある。
このことについては前にもブログで書いたことがある。
自分がその時何をしていたか、どんな状況であったか覚えがあるが、
世の中がどう動いていて、何があったかはまったく記憶にない。
そんな経験がない人は、きっととても幸せな人生を歩んできたと言える。
そんな人は、時にそれを平凡な人生と表現するかも知れないが、
決して平凡ではない。
それこそ非凡な人生である、と私は考えている。
しかし、いくら私がそう思っても、その人はそうは思わないだろう。
水が普通に飲めるのは今の日本であれば当たり前なこと。
でも、それは決して当たり前なことではない。
眠くなったらいつでも床に就けるのは決して当り前なことではない。
そんな日常の一つ一つのことに深く感謝しながら生きていくことができたら、
それはどれほど幸せな人生であろうか。
してみると、幸せは日常の中に山ほどある。
それに気付くか否か?
しかし、自分は些細なことに不満を言い、些細なことで腹を立て、
なんとも愚かで浅はかな人間であろうか。
せめて一日を終え床に就く時に、そんな自分を反省しなければならない。
物事はすべてが解釈次第なのである。
その解釈力を日々磨いていかなければならない。
人間としての成長は生涯留まることはない。








posted by kurihara at 00:01| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする