2019年04月05日

他力本願

元号が変わり、昭和、平成、令和と三世代を生きることになる。
そして令和になった今年、我々の新しい事業も今大きな変革を遂げようとしている。
これも何かの縁であろう。
きっと後世には、令和に大きく変わったのだ、と語られることになるだろう。
イノベーションとか変革とかは、自分たちが望んでそうなるものではどうもなさそうだ。
時代の大きな流れがあり、そのタイミングと合致した時、正にそれは可能となる。
変革者たちが異口同音に、「運が良かった」という言い方をするがその通りかも知れない。
時代の大きな流れをある程度読むことはできるが、それはいずれそうなるという程度のことで、
自分が生きている間に必ずそうなる、と言いきれるほどに簡単なことでは決してない。
それでも、どうしてもそうしたいとか、そうなりたいという「・・・たい」がなければ、
絶対にそうならないのも確かだ。「たい」が必要条件であることは間違いない。
自分たちがその「たい」を強烈にもっていることは必須である。
そして、目的は変える必要はないが、その目標や手段は時代と共に変える必要がありそうだ。
我々の場合は、変えざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。
もし変えていなければ、恐らく我々の会社は今存在していないだろう。
大きく言えば、人類も自然の環境に適応できなければ滅びるしかない。
それが自然の掟だ。
こう書くと何だか主体性がないように聞こえるが、
人は生まれた時からそもそも自分の意思で生を授かったのではない。
「他力本願」というが、そうした考え方のことと私は理解している。
今与えられていることや、与えられたことを、そのままに受け入れて、
その上で自分の生き方を自らの意思で決めていく生き方。
我々も、いろいろな方々にお世話になり、いろいろな経験を通して、
漸く今の事業に辿りついた。
無理がなく、自然の道理に適った事業なのだと考えている。
令和を迎え、そんな事業に縁を頂いたことを深く感謝している。














posted by kurihara at 00:14| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

最終目標

東京は桜が八分まで咲き、街は華やな趣が感じられる。
三月末はそれぞれ大きな区切りで、新たな門出や別れで街は賑やかさを増す。
一人一人の心の中は、一人一人すべて違うが、それを知るか知らないか、
桜はこの時期に毎年同じ様に美しい花を咲かせる。
思えば今まで桜が咲いていることすら気付かず過ごしてきた年もあった。
花を愛でる余裕もなく、ひたすら夢中で過ごし、気が付いたら季節は既に秋になっていた。
だから今、桜が美しいと感じられるだけで、それがどれほど有難く幸せなことか。
この歳になってその貴さをしみじみと感じられるようになった。
まだまだやりたいことや、やらなければならないことがたくさんあるが、
齢を重ねると、毎年咲く桜がどれほど当たり前ではなく、有ることが難しい有難いことか、
それを感じられるようになった。
若い頃はまったく思わなったことで、この年だからこその感覚かもしれない。
年齢の上の方が、よく「その歳になればわかるよ」と言っていた言葉を思い出す。
まさにその通りで、やはりその歳にならなければ分らないことがある。
こんなことを書くととても年寄り染みたことのように聞こえるが、
その歳になればを、その立場になれば、と置き換えてもまったく同じだ。
だが、その歳にならなくとも、その立場にならなくとも、
相手のことを深く理解し、感情移入でき、同じ立場で泣いて笑える、
そんな人間になれたらいい。
この世を去るまで、そうなれるようにこれからも精進していきたい。








posted by kurihara at 01:01| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

設立記念日に思うこと

満34才の設立記念日を迎えた。
思えばいろいろなことがあったが、お蔭様でここまで来ることができた。
いいお客様に恵まれたこと。いい社員に恵まれたこと。いい家族と友達に恵まれたこと。
健康に過ごせたこと。運が良かったこと。様々な有難いことに心から感謝している。
そして、今もまた新しい未来が開けつつある。
たいへんなことも、たいへんな時も、もちろんあった。
そんな時はいつも、真正面から、正直に、ありのままの姿で、力の限りを尽くしてきた。
解決策はとても見えないことにも、誠実に人としてやるべきことはやってきた。
できるなら避けたいことも避けたい時もあったが背を向けずに立ち向かってきた。
結果、気が付けば問題は解決されていた。なんと有難いことだったか。
その度に、「真正面から立ち向かえば必ず救ってもらえる」という不思議な感覚が生まれた。
その感覚は、会社をつくる前のある貴重な経験から学んだものだった。
それは「あの時と比べれば何とかなる」というまったく根拠のない妙な感覚でもある。
何を基準に己の心を整えるか。それを若い頃に経験させてもらったことは有難い。
何かたいへんことや、辛いことや、思う様にいかないことがあった時も、
「あの時のこと」を基準に見直せば、心が落ち着き有難いこととさえ思えた。
辛い経験や苦しい経験は、その大きさの分だけ財産になる。
ただ自分が生きている間にそれを財産と感じられるか否かは運命かもしれない。
しかし、いづれ後生の身近な誰かが財産と感じる日は必ず訪れると信じている。
有難いことに一年後の35才の今日は、社員みんなでもっとお祝できる日になるはずだ。
これからも一日一日、一時一時を、誠実に、大切に歩んでいきたい。











posted by kurihara at 00:14| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする