2017年09月17日

存在のシステム

在宅で、時間にフレキシビリティのある働き方を望まれる人はかなり多い。
事情は様々だが、それが可能となるなら、多くの人がより豊かになれるかも知れない。
ITやIOTやICTを、そんな働き方を実現させるためのツールと捉えるととても夢がある。
時間も、場所も、距離の問題も一気に解決できるからだ。
しかし、その可能性を、認識で分かっている人は多いが存在で分かっている人は少ない。
我々が新規事業を進めるプロセスで、必要に応じて開発したシステムがあるが、
そのシステムはひょっとしたら、多くの人々にたいへん素晴らしい未来を提供できるかもしれない。
そんなことを、今回応募を頂いた方々と面接させて頂く中で強く感じた。
そうした可能性について、当初から想定はしていたのだが、今回はそれを遥かに超えたものを感じる。
やはり、「認識」と「存在」とは、まったく次元の違うものである。
そして、こればかりは説明の仕様がない。
例えば、言葉では表現できないほどの感動や喜び、悲しみや辛さ。
それがまさに「存在」ということであり、
その「存在」を実感できることが、「生きている」ではなく「生きていく」ということなのだと思う。
我々が開発するシステムは、常に認識ではなく、存在のシステムでありたいと強く思っている。















posted by kurihara at 21:32| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする